2013/7/25 第134号 : 編集後記

オリンピックは参加することから・・・に意義が?

 フォトリサーチにありましたように、2020年のオリンピックの開催地が9月7日に決まるようです。イスタンブール、マドリード、東京の3つの候補地の中から選ばれます。1964年以来再び東京で開催されることになるのでしょうか。

 前回の第18回東京オリンピック開催のとき、私はまだ小学生でしたが、初めて開催するオリンピックであり、それが現実のものであったこともあり、非常に盛り上がっていたような気がします。教科書にもオリンピック関連のことがいくつか載っていたような記憶があります。

 「フランスのクーベルタン男爵が近代オリンピックの父と呼ばれ、『オリンピックは参加することに意義がある』」というようなことも教科書に載っていたと思います。実際の処はちょっと違うようで、詳しくは日本オリンピック委員会のWebサイトの『クーベルタンとオリンピズム』をご覧いただくとして、氏は英政府主催の晩餐会で「人生にとって大切なことは成功することではなく努力すること」という趣旨のスピーチを行ったそうです。オリンピックに至るまでの『プロセス』を重要視していたようです。

 一方、現代のオリンピックは『結果』重視になっているようです。建前上はともかく本音では「オリンピックは参加することでなく勝つことに意義がある」となっているような気がします。オリンピックに関する考え方には色々な考え方があっていいと思いますが、結果重視の風潮は1984年のロサンゼルスオリンピックの商業的な成功から出て来たような気がします。それまで赤字が続いていたオリンピックを黒字にし、オリンピックは儲かるものだという考え方を世界中に植え付けたと思います。「オリンピックは開催すること(儲けること)に意義がある」というようになってきているようです。近代オリンピックの父が『クーベルタン男爵』なら、現代オリンピックの父(?)は『ピーター・ユベロス氏』かもしれません。

 最近の教科書では「クーベルタン男爵」のことは出てこないようで、息子や妻に訊いても知らないという返事が返ってきます。現代の考え方には合わないのかもしれません。確かに結果を出すことは重要で、結果で評価されることは多いでしょう。しかし、長い目で見たときには、プロセスも重要なような気がします。プロセスに不正があればその結果も色あせたものになってしまいます。結果自体が不名誉なことになってしまうことにもなります。きちんとしたプロセスがあってこその結果ではないかということを感じた次第です。

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